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2025年4月27日日曜日

成願寺の地蔵(中野区の地蔵)


山手通り沿いにある成願寺(じょうがんじ)の前にある地蔵です。由来は不明です。

成願寺は曹洞宗の寺で、1400年頃に建てられたと言われているそうです。元々は「正願寺」として西新宿の十二社(じゅうにそう)熊野神社内に建てられたそうです。

ちょうど梅の花が咲き始めたところでした。




 住所は、中野区本町2-26-6です。

2022年6月5日日曜日

多田神社(中野区の神社)


古木が多い神社です。創立年ははっきりしないが、言い伝えによると11世紀終終わりごろに起源があるとのことです。多田とは多田満仲(源満仲)のことです。

現在の社殿は1934年に建てられたものだそうです。多田神社のあるあたり一帯は雑色村(ぞうしきむら)と呼ばれていたそうです。

最寄駅は丸の内線の方南町駅です。





 住所は中野区南台3ー43ー1です。

2022年5月22日日曜日

神明氷川神社(中野区の神社)


1469年に太田道灌が江戸城鎮護のために創建したと伝えられているそうです。

旧雑色村字川島の鎮守社とのことです。境内内に百度石があります。お百度参りに利用されたものだろうとのことです。

方南通りと中野通りの交差点の北西にあります。最寄駅は丸の内線中野新橋駅です。

参考文献:中野区史跡散歩(中野区史跡研究会著、学生社)



百度石です。高さ1mくらいです。



 住所は中野区弥生町4-27-30です。

2022年3月27日日曜日

がんかけ地蔵尊(中野区の地蔵尊)


右側は子育地蔵(舟形光背)で、1689年造立、左側の庚申塔は1687年造立とのことです。この2体の石仏は、以前は野方2丁目56番先の十字路にあったが、交通がはげしくなってきたので、現在地に移転したものだそうです。
最寄駅は西武新宿線野方駅です。


2022年2月13日日曜日

川嶋地蔵尊(中野区の地蔵尊)

1725年に作られたものだそうです。川島通り沿い、正蔵院の脇にあります(中野区弥生町4丁目4−14)。←住所を訂正しました。すみませんでした。

最寄駅は丸の内線の中野新橋駅です。

参考文献:中野区史跡散歩(中野区史跡研究会著、学生社)











 

2022年2月6日日曜日

本郷氷川神社(中野区の神社)

社伝によると、1469年に太田道灌が江戸城を築いた際、これを鎮護するため、武蔵大宮の氷川神社より勧請(かんじょう、分霊を他の神社に移すこと)したものだそうです。

社殿前の狛犬は1833年に寄贈されたものだそうです。また、社殿は1955年に再建されたものとのことです。

最寄駅は地下鉄丸ノ内線中野新橋駅、地図はこちらです。

参考文献:中野区史跡散歩(中野区史跡研究会著、学生社)




 

2022年1月30日日曜日

本郷氷川神社の庚申塔(中野区の庚申塔)

本郷氷川神社敷地の片隅にある庚申塔です。右側の2体は古いもの、左は1970年に再建されたものだそうです。

最寄駅は丸の内線中野新橋駅です。

参考文献:中野区史跡散歩(中野区史跡研究会著、学生社)



下の写真は1970年1月25日に再建された六臂(ろっぴ、六本の腕)の青面金剛です。


 

2022年1月16日日曜日

塔山庚申塔(中野区の庚申塔)

太平洋戦争の爆撃によってこのような姿になったとのことです。「石棒さま」と呼ばれ、中野区の平和史跡になっています。

1708年造立で、元々は青面金剛、笠付きの円筒形だったとのことです。

最寄駅は丸の内線中野坂上駅、山手通りを中野坂上交差点から少し北上して右側の斜めの道を少し入った所、区立中野東中のそば、中野区中央1-41-1にあります。

参考文献:中野区史跡散歩(中野区史跡研究会著、学生社)




 

2021年11月28日日曜日

南向地蔵(中野区の地蔵尊)

地蔵は1744年、庚申塔は1736年造立とのことです。

最寄駅は西武新宿線野方駅です。北向地蔵から220mです。

参考文献:中野区史跡散歩(中野区史跡研究会著、学生社)


庚申塔は正面に正面金剛、三猿とにわとりが掘られています。